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ロシアのウクライナ侵攻により、イングランドサッカー界では激震が起こり、世界のフットボールファンのみならず、サッカーに興味のない方でも最近のニュースで、【チェルシーのオーナー】 【オリガルヒ】【アブラモビッチ資産凍結】とキーワードとして目にする機会が多いのではないだろうか。
今回は、「ロシアのプーチン大統領と近い存在のオリガルヒだからという部分での記事ではなく、チェルシーオーナーアブラモビッチとはに焦点をあててお話しできればと思います。
【アブラモビッチがオーナー以前のチェルシーとは】
チェルシーFCはイングランド首都ロンドン西部をホームタウンとする、イングランドプレミアリーグに加盟するプロサッカーチームだが、2003年に前オーナーアブラモビッチによって1億4,000万ポンドで買収され、個人資産2兆円ともいわれる豊富な資金力を活かしプレミアリーグの強豪クラブへとなった。
アブラモビッチがオーナーになる以前は1989年に2部で優勝しプレミアリーグ(1部)に昇格して以降はトップリーグに所属し続けてはいたが、1954-55シーズンの優勝からトップリーグの優勝はない時代が続く。
アブラモビッチがチェルシーFCのオーナとなり2年目に、早くもチェルシーサポーターの歓喜がこだます。
豊富な資金力を活かし、さまざまな補強や設備投資をし、前年UEFAチャンピオンズリーグを制した、前FCポルト監督のジョゼ・モウリーニョが就任して挑んだ2004-05シーズンにその時は訪れる。
このシーズンは勝ち点95、得失点差57という驚異的な成績でプレミアリーグを独走し、50年ぶりにトップリーグで優勝し、カーリングカップも制してクラブ創立100周年で2冠を達成。
この前年はアーセナルが無敗優勝をし、マンチェスターユナイテッドにはサー・アレックス・ファーガソンが君臨していたにも関わらずである。
ジョゼ・モウリーニョ監督は、イングランドプレミアリーグで、アブラモビッチのロシアオイルマネーを追い風にして旋風を巻き起こし、そしてアブラモビッチは、フットボールへの情熱を、個人資産2兆円ともいわれる、膨大な資金で表現してチェルシーFCを瞬く間に成長させる。
ジョゼ・モウリーニョ監督が就任してから3年でリーグ優勝連覇を含め、取ったタイトル6個。
モウリーニョ監督就任前まで50年間リーグ優勝しておらず、古豪と言われていたチェルシーは、アブラモビッチがオーナーになり2年で強豪になり、瞬く間に常勝軍団へと生まれ変わる。
【アブラモビッチの生い立ち】
さてここで少し、アブラモビッチの生い立ちについてお話ししようと思う。
現在彼はウクライナ情勢もあり、オリガルヒ(ロシア新興財閥)のイメージが特に強い。
一代で個人資産2兆円とも言われる資産を形成したアブラモビッチは、どのような経緯を得てオリガルヒになったのだろうか。
アブラモビッチはロシア、サラトフで、ユダヤ系ロシア人として生まれる。
彼が1歳の時にリトアニアに亡命し、母が1歳の時死別し、また父もアブラモビッチが3歳の時に死別する。
アブラモビッチは孤児として育つ。
ロシア軍に入隊し、脱退後から商売を始める。
最初はアパートの一室でアヒルの玩具を販売する商売である。
その後石油取引業で手腕を振るい巨万の富を得てチェルシーを買収するに至る。
すなわち、アブラモビッチはリトアニアに亡命したユダヤ系ロシア人の孤児が、軍隊除隊後アヒルの玩具から2兆円の個人資産形成をした、いわゆる「叩き上げ」のオリガルヒである。
【アブラモビッチの私生活】
次にアブラモビッチの私生活についてお話ししよう。
アブラモビッチは3回結婚している。
最初の奥さんとの結婚生活は1987年~1990年。
チェルシーオーナーとして話題になったのが2番目の奥さん、イリーナさんとの離婚時である。
イリーナさんとは1991年~2007年夫婦関係であったが、イングランドのタブロイド紙が2006年にアブラモビッチがロシアのテニス選手マラト・サフィンの元恋人のダリア・ズコワと浸しい関係であると報道、これに憤慨した妻イリーナさんがイングランドの2人の敏腕離婚弁護士を雇ったと報道された。
イリーナさんらは2007年3月に世界最高額の60億ポンド(日本円1兆3,500億円)の慰謝料で離婚したと大衆紙が報道し当時話題となり、チェルシー運営に支障がでるのではないかと、チェルシーファンが不安になりざわついたのは記憶に新しい。
当のアブラモビッチは離婚の条件は公表していない。
またその後ダリア・ズコワと再婚したが2017年に離婚している。
【アブラモビッチのチェルシー運営】
さてアブラモビッチのチェルシー運営についてお話ししよう。
まず、チェルシーのサポーター目線で言うと、アブラモビッチは最高のオーナーであり、最高のボスであった。
アブラモビッチがオーナーとなり18年8か月でプレミア・リーグとFAカップを5回優勝。
リーグカップ3回、ヨーロッパリーグ2回、コミュニティーシールド2回、そしてヨーロッパ1位を決める最高大会、チャンピオンズリーグ(CL)を2回制し、クラブワールドカップとスーパーカップを1回制した。
アブラモビッチがオーナー就任後18年8か月で取ったタイトルは実に21個。
03年以降、強豪のひしめくイングランドプレミアリーグで最多のタイトル獲得数である。
プレミアリーグはビック6と呼ばれるクラブが毎年しのぎを削る厳しいリーグでこの成績だ。
アブラモビッチは、チェルシーオーナーとして勝つために非情とも言え、シーズン途中での監督解任が多いことでも知られている。
【アブラモビッチ時代の歴代監督】
・クラウディオ・ラニエリ
任期:2000~2004年
タイトル:FAコミュニティー・シールド1回優勝。
ジョゼ・モウリーニョ
任期:2004~2007
タイトル:プレミアリーグ:2回
FAカップ:1回
リーグカップ:2回
FAコミュニティー・シールド:1回
アブラム・グラント
任期:2007~2008
タイトル:なし
ルイス・フェリペ・スコラーリ
任期2008~2009
タイトル:なし
カルロ・アンチェロッティ
任期:2009~2011
タイトル:プレミアリーグ:1回
FAカップ:1回
FAコミュニティー・シールド:1回
アンドレ・ビラス・ボアス
任期:2011~2012
タイトル:なし
ロベルト・ディ・マッテオ
任期:2012
タイトル:UEFAチャンピオンズリーグ:1回
ジョゼ・モウリーニョ
任期:2013~2015
タイトル:プレミアリーグ:1回
リーグカップ:1回
アントニオ・コンテ
任期:2016~2018
タイトル:プレミアリーグ:1回
FAカップ:1回
マウリツィオ・サッリ
任期:2018~2019
タイトル:UEFAヨーロッパリーグ:1回
フランク・ランパード
任期:2019~2021
タイトル:なし
トーマス・トゥヘル
任期:2021~現在
タイトル:UEFAチャンピオンズリーグ:1回
UEFAスーパーカップ:1回
【アブラモビッチが思い描くチェルシーの方向性】
アブラモビッチはまず、タイトルが取れないと容赦なく監督交代に踏み切ります。
タイトルを取っていても調子が悪くなると監督交代に踏み切るのがアブラモビッチの特徴ともいえ、選手選びと同様に優秀な監督選びにも、アブラモビッチの私財が注がれてきました。
プレミアリーグチームオーナーは、ビジネスでチームを所有しているオーナーが基本である。
ライバルチームのマンチェスターユナイテッドオーナー、グレイザー・ファミリーに至っては、自身の所有する選手の顔と名前が一致する選手は、クリスティアーノ・ロナウドだけではないかと揶揄されているほどである。
その点アブラモビッチはホームスタジアム、スタンフォードブリッジで毎試合観戦し、身体を揺さぶりながら、シュートが決まれば喜び、チームが負けるとあからさまに落胆している姿は、サポーターとなんら変わりはなかった。
【アブラモビッチのクラブ運営プロジェクトを支えた敏腕スタッフ】
アブラモビッチは個人資産2兆円ともいわれる莫大な資産の力技でチェルシーを強豪へ押し上げたイメージが強く、世間ではロシアオイルマネーのネガティブなイメージを持つため、時代遅れなTVのコメンテーターの批判の的にもなりやすかった。
ここで事実をお伝えすると同時に、アブラモビッチのチェルシークラブ運営のプロジェクトを支えた敏腕マネージャー達もご紹介したい。
【アブラモビッチのクラブ運営を支えたマリーナ・グラノヴスカイヤ】
マリーナ・グラノヴスカイヤ
1975生まれ
ロシア・カナダの二重国籍
学歴:1997年 モスクワ州立大学 外国語学科卒業
キャリア:シブネフチ就職(アブラモビッチの石油企業)
2003年 チェルシー買収と共にロンドン移住
マリーナはビジネスに感情やセンチメンタルさを持って来ない超合理主義者である。
チェルシーに取って優良でフェアな取引は迅速に対応し、そうでない場合は何度交渉してもスタンスは崩さない人物。
2003年にチェルシーを買収した際に、アブラモビッチがチェルシーのコブム練習場の建設プロジェクトマネージャーに抜擢。
ロンドン郊外に東京ドーム12個分の面積、サッカーフィールド30、総工費40億円の超最先端トレーニングセンターを建設した。
あの狭いロンドンにである。
土地の買収のネゴシエーションが熾烈を極めたことは想像できる。
また近辺の雨水をリサイクルして使用でき、近所の建物と同じ高さを保つため、施設の3分の1は地下にあるという、約20年前の時点でSDGsの観点から施設を建設する計画という、チェルシーの企業価値も高めるトレーニングセンターをマリーナは計画し建設した。
しかもその仕事の速さがまた驚きである。
・2003年 チェルシーを買収
・2004年 コブム練習場の建設開始
・2004年 フィールド一部使用開始
・2007年 正式オープン
・2008年 完成
チェルシー買収の1年後には建設を開始している。
異次元のスピードであるとしか言いようがなく、正に最短とはこの事だ。
他のプレミアリーグクラブには、クラブトレーニングセンターの建設を公表して、10年経過しても建設を開始していないクラブすらある。
マリーナはいきなりビッグプロジェクトを大成功させた。
その後役員会、現場とさまざまな形でチェルシーFCを成功へと導いていく。
選手の契約、ユースチーム育成のための外国チームとの提携、監督招聘などアブラモビッチの希望を、いとも簡単に実現化したのがマリーナ・グラノヴスカイヤであった。
2013年にマリーナは役員に昇格する。
翌、2014年には社長に昇格。
またマリーナは2016年にチェルシーが契約していた、アディダスとの年間3,000万ポンド(43億円)のスポンサー契約を解約し、ナイキと新たに年間6,000万ポンド(86億円)のプレミアリーグ最高額のスポンサー契約を実現する。(2032年まで契約)
このスポンサー契約をビジネス視点で考えていただきたい。
2015-2016シーズンのプレミアリーグでのチェルシーの順位は10位だったにも関わらず、プレミアリーグ最高額のスポンサー契約をマリーナは実現する。
チェルシーにとって、ベストの契約を常に実現するマリーナには、ビジネスマンならただ脱帽するのではないだろうか。
アブラモビッチのクラブへの情熱を合理的な判断で支えて、成功に導いたマリーナ・グラノヴスカイヤをアブラモビッチが絶大な信頼をしているのは理解していただけたと思う。
アブラモビッチのチェルシー買収
ところでアブラモビッチの生い立ちを振り返ると、どこにもフットボールは出てこない。
なぜ、アブラモビッチはチェルシーを買収しようと思ったのか?
アブラモビッチがフットボールに興味を持ったのは、2003年4月に行われた、UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝2nd Leg マンチェスターユナイテッドVSレアルマドリードの試合をイングランド、オールドトラッフォードで観戦し興味を持ったと言われている。
そしてロンドンのM&A弁護士、ブルース・バックに依頼する。
ブルースもまたマリーナ同様スペシャリストであった。
2ヶ月でチェルシーを280億で買収を実現する。
まさに凄腕M&A弁護士。
アブラモビッチは人選を間違えない。
ブルースは現在もチェルシーFCの会長である。
アブラモビッチのフットボールアドバイザー
チェルシーを手に入れたアブラモビッチは、自身がフットボール素人であるため、アドバイザーが必要と判断した。
この謙虚さと勤勉さがアブラモビッチの経営者としての魅力の一つかもしれない。
アブラモビッチは、ピート・デ・ビッサーをアドバイザーにつける。
フットボール界、伝説のスカウト登場である。
アブラモビッチは2004年、夏にデ・ビッサーと別荘でフットボールについて、徹底的に学習する。
この勤勉さと、常に必要なポジションでスペシャリストを連れてこれるのが、アブラモビッチの成功した秘訣、そして経営力と言えよう。
またアブラモビッチは下部組織で若手育成にも投資を惜しまなかった。
ピート・デ・ビッサーの推薦により、アカデミー強化担当にフランク・アルネセンが入団する。
アルネセンは現役引退後、オランダPSVで3年コーチをし、その後10年スポーツデレクターを担当。
2004~2005シーズンに同じイングランド、ロンドンに本拠地を置くライバルチーム、トッテナムのスポーツデレクターになる。
デ・ビッサーの推薦により2005年6月から、チェルシーに入団する。
アルネセンがスポーツディレクターに就任し、オランダ色が強くなったように見えたが、アカデミーはコーチ陣の育成も手掛け、しかもイングランド人をしっかりと育成し、ビジョンを明確にした。
イングランドのフットボールはイングランドの文化財としての価値が高いとアブラモビッチとマリーナは考えたのだろう。
優秀なアドバイザーとデレクターを招聘し、一時しのぎで運営するのではなく、10年~20年後もチェルシーがフットボール界で価値のある存在にするには、自国、イングランドのスタッフの成長が必要だと考え、スタッフの成長が、選手の成長につながり、チェルシーが世界的に価値のあるクラブとして存続すると考えてのビジョンであった。
【アブラモビッチのチェルシーにおけるビジョン】
アブラモビッチのチェルシーの方向性は壮大であったが、マリーナが体制をしっかりと整え、目標を明確にし最短コースで目標に進んでいく。
買収しすぐにチームを強化して、練習場などの施設にも資金を投入したのは、ただチームがオイルマネーだけで強くなるだけでなく、チェルシーとしての企業価値、フットボールとしての文化財としての価値も高め、スカウト、アカデミーを編成し、壮大なビジョンをもってチェルシーFCの企業体としてのビジョンを明確にした。
また下部組織専用の練習施設を建設し、フットボールのプロフェッショナルを育てるだけでなく、一般教養をマスターするためのプログラムを構築し、音楽界やバレエ界の養成機関を視察し、情操教育の分野でも多くの少年少女たちに教育の機会を与えサポートした。
幼い時に両親をなくし、孤児として育ったアブラモビッチが、フットボールに対する情熱と資産を注ぐため、チェルシーに入団する少年少女たちは素晴らしい教育を受けてフットボール界へと羽ばたいていくことになる。
日本のワイドショーで正義感気取りのコメンテーターが、アブラモビッチに対して批判を繰り返している姿が連日見受けられるが、アブラモビッチの情報は正しく報じるべきであると筆者は考える。
現在チェルシーのトップチームでブレイクしているメイソン・マウント、ルーベン・ロスタフ=チーフ、リース・ジェームズ、カラム・ハドソン=オドイ、アンドレス・クリステンセン、トレヴォー・チャロバー、などはアブラモビッチが投資したチェルシーユース出身者達であり、この光景は、カンテラ出身で最強のサッカーを展開した、かつてのFCバルセロナと重なるのはサポーターも期待している部分であり、アブラモビッチがオーナーとして愛された部分でもあり、アブラモビッチがオーナーであるかぎりこの光景は続いたはずである。
フットボール愛、クラブ愛、経営手腕、財力、カリスマ性においてイングランドプレミアリーグのオーナーとしてアブラモビッチはパーフェクトだったと言われる理由をお分かりいただけたと思う。
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